花追い人のホームページです。
シーズンズグリーティング
1月第1週(1月1日〜1月6日)
(お正月気分につき 特別増刊号)

江ノ島で初日の出を拝む
鎌倉瑞泉寺のスイセン
鎌倉八幡宮・上野東照宮、冬ぼたん競艶

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初日の出に集う(江ノ島) もうみんな忘れてしまったことだけれど、昨年はコンピュータの西暦2000年、いわゆるY2K問題で新しい年を迎えた。私もコンピュータ業界のはしくれなのだが、私たちがプログラミングを覚えた頃のこと。年を表すのに4桁の西暦年で設計しようものなら先輩プログラマーにどんなに怒られたものか。データ1件あたり2桁、100万件のデータがあれば2メガバイトの記憶装置を浪費すると。当時は記憶装置は高価だったから1ビットでも節約するのがプログラマーの腕であった。だが、関係者の数年に及ぶ努力の結果何事も無く迎えた2000年であった。実はこの事件は私たちがいかにコンピュータに依存しているかを暗示した20世紀の象徴的な事件でもあったのだ。あれから瞬く間に一年が経ち。だれもその事件を覚えていない。

 そして、今年は21世紀の幕開け。みなさま新年おめでとうございます。今年も「花追い人のホームページ」をよろしくご支援のほどお願い申し上げます。コンピュータに象徴された科学技術中心の世紀から、環境・自然、そして生命へ改めて目を向ける新たな世紀になればよいと考えています。21世紀は、20世紀に確立したさまざまな技術基盤の上に、人間性みたいなものを取り戻す世紀であって欲しいと思います。まあ、そういう意味では、花追い人は21世紀を先取りしている訳ではあるけど。
昇りゆく初日(江ノ島)
 
[1月1日]
 恒例の初日の出ツアーは、就寝時間に関係なく、2時半か3時には目覚ましも掛けずに起床する。こちらは早起きのつもりなのだが、まだ子供たちは寝ていないということでいささか興ざめだが、そのまま予ねて調査の終夜運転の電車に。4時ちょうどの小田急線新宿発の片瀬江ノ島行きロマンスカーを余裕で目指した。しかし、なんと全席指定の電車はあえなく満席完売。25分待って次の電車に乗ったのだが、この電車も出発前に満席となる大人気だ。江ノ島からの初日の出と思われる観光写真の撮影場所とおぼしきところでしばらく待機していたが、どうも月の位置から考えられる日の出の位置がおかしい。このままでは陸のビルの陰あたりからの日の出となる。日の出時刻直前、江ノ島への橋を目指して一生懸命走る。橋の上の絶好のポジションはこのとおりの人垣になっていた(写真1)。そんな訳で初日の出の瞬間はちょうど撮影場所を捜しながら一心に走っている最中。太陽が水面から少しあがった辺りでようやく撮影ポジションにありつけた。まだ息が切れていたりするのだがちょうど漁船の横あたりに太陽が位置する(写真2)。やっと拝めました。
 日の出を拝んだ後は、江ノ島の海岸線に沿ってずっと左へ回り込むことにした。日の出が終わって大群が引き上げるように人と車の群が流れてくるのを逆流してゆくとヨットがたくさん係留されているマリーナがある。山頂を目指せば神社仏閣といった歴史ある町並みであったが、こちらのコースはあくまでも明るい湘南のイメージだ。マリーナの無数のマストに新しい太陽が絡まるように昇って行く。なんとか堤防によじ登ってゆくとその向こう側にはテトラポッド。初日の出を拝んだ後幾組かの若いカップルやグループがテトラポッドによじ登って新年の記念撮影。私も撮影を一段落して堤防の上で初ビール。(実は2本目だったりするのだが、元日につき何本目でも初ビールとします)昇り行く新しい太陽を背に記念撮影をしている人たちを更に撮影してみる。新しい年を言祝ぐ(ことほぐ)人たちの情景。

やぐらにて−スイセン(鎌倉 瑞泉寺) 本来なら江ノ島で初日の出を拝んだ後は江ノ電で鎌倉へ行って鶴岡八幡宮あたりで初詣をするところ。帰りの新宿行きロマンスカーの席が取れなかったらそんなコースもよいかなとも思ったが、案外すんなりとほとんど待ち時間無しで切符が取れたためまっすぐに帰宅。いつものように、このころにやっと家族は起床してくる。いつものように家族とお屠蘇、お雑煮、お節料理。今年もいいお正月でした。

 
[1月4日]
 三が日は仕事やら新年会やらで忙しく過ごした。4日になってはじめてのお休みとなった。三が日は過ぎたもののまだ初詣客の途切れない鎌倉のお寺巡りである。朝が遅かったから最初の瑞泉寺についたのは途中でお昼を食べてから。予想通りカエデの紅葉が残っていながらスイセンが開花したところだ。
 伊豆や鎌倉、そして都内でも早いところは1月からスイセンが見られるから、それ自体は珍しくはない。しかし、鎌倉時代からこの地特有の墓所となっている「やぐら」を背景にスイセンを撮れるところはここだけしかない。それでもなかなかぴたりの角度が得られないでいつも苦労する。とくにやぐらとスイセンは関係ないのだが、なんとなく鎌倉武将の鎮魂の意味があるような気がしてならない(写真3)。

競艶−冬ぼたん(鎌倉 八幡宮ぼたん苑) そういえばここはツバキの名所でもあった。ツバキは花を首から落とすということで武士には忌み嫌われているという俗説があるけれど、それは事実ではないらしい。ツバキの栽培を好み多くの園芸品種を作出したのは実は武士階級のことらしい。首から落ちるということに逆に武士道の潔さを感じていたのかどうかその辺りは定かではない。
 鶴岡八幡宮といえば初詣のメッカである。三が日を過ぎたとはいえ本堂に登る階段をはじめ境内の主要な通路は一方通行。階段の下にはロープを張って一定人数を通す毎に人の流れをストップさせる。ただし大量動員された警備員は4日になってやや暇そう。そろそろロープの規制を中止にしようか無線で相談を始めたところ。鶴岡八幡宮の「ぼたん庭園」では冬ぼたんの見頃を迎えた。(写真4)
 八幡宮の本殿をお参りして初詣期間の一方通行を方向通りに進むと鎌倉街道(巨福路坂切通し方面)に出てしまった。最後にもう一カ所ということで北鎌倉の東慶寺と思ったのだが、なぜか閉まっていてお隣の浄智寺をお参りすることにした。年間を通じて花の多いお寺さんであるが、さすがにこの時期は見るべき花を見かけない。やっと見つけたロウバイを被写体としてしばらく撮影に熱中する。

暖か−冬ぼたん(上野東照宮 ぼたん園)
 [1月5日]
 昨日、鎌倉の鶴岡八幡宮で冬ボタンの撮影を行ったが必ずしもボタンの状態は十分でなく物足りなさを感じるものであった。というわけで2日連続ではあるが上野東照宮のボタン園に出向く。東京では冬ボタンはこの2カ所がいつも並び称されている。それぞれにこちらが、いやあちらがという一家言。結論的にはその時々。ここしばらくの天候によりボタンの状態が良かったり悪かったり、またその日の天気により違って見えるのをいつどちらへ行ったかということであろう(写真5)。
 園芸技術の粋を用いて咲かせているとはいえ、もともと春の花なのだから冬の霜や雪にあってはひとたまりもない。そこで藁ぼっちをかぶせて霜や雪から守ってあげないといけない。ところで、この藁ぼっちの代わりに番傘がかぶせられたりしたものもあってなかなかの風情である。撮影時は藁ぼっちならほんのかすかに見えるように入れたりするのだが番傘なら大きく入れて見たりいろいろと楽しめ素材になる。冬ボタンを真上から見下ろしてとらえる撮り方を初めてやってみた。花は正面から、雄しべがよく見えるようにというのは一つのセオリーではあるが、こういう撮り方はもともと私の発想からはほぼあり得ない。やはり冬ボタンというのは床の間においた骨董品のように拝見するのがふさわしいように感じてしまう。ただ固定観念に縛られても同じ撮り方しかできなくなるからたまには冒険もあってもいいかなという訳である。
やさしい光−冬ぼたん(上野東照宮 ぼたん園) 本来冬に咲くボタンの品種というのは無いのだそうだ。だから縁起の良いお正月にボタンの花を咲かせるというのは、園芸技術の粋を用いて、ある意味では無理矢理咲かせるというのが実態。詳しいことは判らないが、要するにこうするのだ。まず、ボタンの苗木をうんと寒いところに入れる。咲かせたい時期が近づいたらこれを表に出す。こうすると、表のほうが暖かいのでボタンは春が来たと錯覚する。だから冬ボタンの展示場所は同じ場所にしょっちゅう植え換えが行われ次々と違う花が展示される。藁ぼっちは本来は霜や雪を防ぐためのもの。それでも、夏の強い日差しを除けるすだれによく似ている。冬の日差しなのだからもとより除けたり和らげたりする必要はないのかもしれないけれど、藁ぼっちを通ってくる光はやさしく暖かいひなたぼっこにふさわしい光のように見えないか(写真6)。


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